鉱毒に消えた谷中村
鉱毒に消えた谷中村

 田中正造と足尾鉱毒事件の一〇〇年

 塙 和也・毎日新聞社宇都宮支局[編]

 谷中村廃村から100年、足尾鉱毒事件は現代に何をなげかけているのか。足尾から渡良瀬川流域、さらに北海道へ、フィリピンへ、鉱毒事件を再検証する意欲的連載が完結。城山三郎、宇井純、立松和平各氏をはじめ、ゆかりの人たちへの取材は、67回にわたる新聞連載に結実。

 四六判/並製/288頁/定価 本体1800円+税
 ISBN 978-4-88748-169-5
 
 

目 次


プロローグ 谷中廃村

谷中廃村 抗議むなしく二七〇〇人離散 谷中村、鉱毒沈殿の遊水地に  11
変貌する遊水地 貴重な動植物はぐくむ自然の宝庫 スポーツや娯楽など利用者急増  12


第一部 廃村一〇〇年

遺跡を守る 悲劇を広島、長崎のように伝えたい 谷中村の遺跡を守る会 針谷不二男  16
鉱毒に追われて 北の「栃木」に生きる 苦難乗り越え「歴史」伝える  18
最後の谷中村民 「九十九良くても、残りに思いを」 故・竹沢 一  23
那須入植 「悪い土地」開拓、先祖に誇り 一〇〇年の記念碑建立 亀田東一  25
「正義派」対「売村派」 「裏切り者」と呼ばれた子孫たち 二分論、実態つかめず  27
古河市の誇り 子供たちにつながり教え 田中正造を後世に伝える会  30
板ばさみ 心の底を汲む人もなし 元日航初代成田支社長 茂呂 豊  32
次世代へ 郷土史伝える不可欠な材料 北川辺町立西小学校  34
繰り返された事件 不安消えるまで死ねない 堆積場崩壊、「安全」訴え  37
正造生家が校舎 功績や思想学び二〇年 佐野市の田中正造大学  39
開拓の明暗・上 不毛の地、水もなく 那須・接骨木  42
開拓の明暗・下 対照的な豊かな土地 大田原・北金丸  44
村跡の開発 揺れる希少種の楽園 治水か自然保護か  46
遺志を継ぐ 亡き父の思い胸に 正造と事件伝え続ける  49
正造臨終の家 保存で遺徳伝える 佐野市下羽田町 庭田隆次  52
分裂の影 消極姿勢際立つ地元・藤岡町 薄れゆく記憶に危惧も  54
第六の分骨地 寺と市民、次世代に伝える活動 足利市野田町 寿徳寺  56
正造の甥 被害者支援に私財投げ打つ 二三代栃木県会議長 原田定助  59
水俣から谷中へ 現場を歩き、強い感銘 報道写真家 桑原史成  61
渡良瀬川と阿賀野川 「負の縁」忘れない 正造の眠る雲龍寺に地蔵贈られる  64


第二部 谷中の生活

ヨシズ編み 特注の高級品で需要 旧谷中村占用組合代表 田中逸郎  68
カモ猟 石原裕次郎らが楽しむ 狩猟案内 野中三郎  70
赤麻沼 豊かさ、恩恵伝わらず かつては魚類の宝庫  72
「延命院」梵鐘 遊水地に澄んだ音色響く 九五年ぶり、幸手市から返還  74
みこし散逸 文化財に指定され、各地で「活躍」 一部は一時帰郷も  76
村民移住を研究 正造の絶対視に異議 栃木翔南高教諭 久野俊彦  79
漁法伝承 暮らし支えた谷中の魚 水質浄化で復活願う  81
田中正造と父・宗三    嶋田早苗  85


第三部 足尾のいま

もう一つの廃村・上 煙害で消えた松木 移住拒んだ星野金次郎  104
もう一つの廃村・下 煙害、町民は口閉ざした 祖父の真意、謎のまま  106
二つの銅山、二つの評価 公害と向き合った日立 旧日立銅山製錬所  108
光と影 語り始めた町民 地域再興の「遺産」  111
緑化事業・上 困難極めた戦後の植林 大間々林業協同組合会長 赤間光三郎  113
緑化事業・下 上流と下流、協力して植樹 足尾に緑を育てる会会長 神山英昭  116


第四部 現代への教訓

谷中子孫の環境学者 公害問題は自分の使命 沖縄大学名誉教授 宇井 純  120
足尾と水俣 新潟で知った原点 元新潟水俣病弁護団長 坂東克彦  123
水俣病訴訟和解 あいまいに終わった行政責任 元新潟水俣病弁護団長 坂東克彦  126
ヒ素中毒 五〇年埋もれた鉱毒事件 宮崎・土呂久  128
熊本 谷中に後押しされた「水俣学」 水俣病の医師 原田正純  131
「国賊」か「聖人」か 正しかった「おじやん」 田中正造本家 田中 栄  134
ぜんそく治療 兄の遺志継ぐ小児科医 東京北社会保険病院医師 若林健二  137
 足尾鉱毒の舞台・谷中村、廃村一〇〇年 ―― 記者の目  140
足尾銅山鉱毒事件    菅井益郎  145
 反公害の闘いに一生を捧げた宇井純さん逝く  166


第五部 教育の現場

小学校副読本 削減された廃村の記述 藤岡町教育委員会  170
出張授業 紙芝居で小学生に教育 正造旧宅説明ボランティア  172
足尾のタブー 授業で初めて鉱毒取り上げた教諭 元足尾高教諭 加藤清次  174
郷土学習 東毛の被害、真正面から 明和中教諭 小貫広行  177
鉱毒三部作 事件描いた版画、地域の「教材」に 小口一郎の版画を保存する 松沼正一  180
「谷中村調整官」 遊水地巡る授業、谷中から世界を 宇都宮大学教授 高際澄雄  182
父子二代 公害学者の父の遺志継ぐ 宇井純長女 佐田美香  185


第六部 識者に聞く

著書『辛酸』 「正造の無私の姿勢学べ」 作家 城山三郎  190
足尾鉱毒 「被害者に申し訳ない」 古河機械金属(元古河鉱業)社長 吉野哲夫  196
資料精査 中央から鉱毒事件見直し 宮内庁書陵部主任研究官 福井 淳  200
昭和の鉱害 古河に初めて加害認めさせる
渡良瀬川鉱毒根絶太田期成同盟会長 板橋明治  204
父祖の地・足尾 悲惨な歴史忘れるな 作家 立松和平  209


第七部 フィリピンの現場で

現代版谷中村 国策ダムで湖底に沈む 先住民アヤンガン族の村  216
移住二五年 民族固有の文化衰退 アヤンガン族の新天地  218
新村化 水没免れた一部旧村に難民流入 納得できぬ旧村民  221
外資参入 鉱脈採掘で鉱害続出 鉱山開発活発化した山岳部  224
新鉱業法 「足尾が繰り返される」と反発 反公害の学生たち  226
有機農業 留学生が公害の原点学ぶ 遊水地巡る「アジア学院」  229


第八部 正造と北の大地

天皇直訴に感銘 正造を師父と仰ぎ渡道 雪印乳業創設者 黒沢酉蔵  234
信頼回復へ 再生に健土健民を前面 正造の教訓見直した雪印  236
環境教育に正造思想 教育理念に健土健民 酪農学園大学  239

谷中、村と人のなりゆき    布川 了  243
旧谷中村民子孫座談会 谷中廃村から学ぶもの  261
解 説    津田正夫  272
谷中村・田中正造・足尾鉱毒事件関連年表  278
参考文献  284