足尾鉱毒事件と田中正造に関して、現地探訪の対象となる地域は、足尾地区、渡良瀬遊水池周辺、そして佐野市や館林市などの渡良瀬川流域の3つに大きく分けられる。足尾と他地域はかなり離れているので、最低限1泊2日の行程を確保したい。  

@松木村跡 足尾銅山の煙害により、1902年に村民が四散し廃村を余儀なくされた。伐木と煙害で緑は育たず、表土は流れ、ハゲ山と化した。近年の緑化事業により多少の回復が見られるが、松木源流には剥き出しの露岩がなお多い。

 
 


A富弘美術館
 不慮の事故で身体の自由を失った星野富弘が、絵筆を口にくわえて描く詩画集が有名。生への限りない思いを込めた魂のメッセージ。

 
 

B草木ダム 1977年に完成した多目的ダム。足尾鉱毒の巨大な鉱毒溜め。

 
 


C祈願鉱毒根絶碑 渡良瀬川鉱毒根絶毛里田期成同盟会が、鉱毒根絶を願って建立した。昭和の鉱毒事件の象徴である。

 
 

D雲竜寺 渡良瀬川の左岸にあり、館林市の飛び地。鉱毒被害地のほぼ中央に位置することもあり、田中正造は栃木群馬両県鉱毒事務所をこの寺に設置した。肖像の分骨地のひとつ。

 
 

E田中正道生家 県道拡幅工事に伴う改修工事で、観光用に改悪されてしまった。生家を守る市民の会が、原状回覆を求める運動を展開している。

 
 


F渡良瀬遊水池
 栃木・群馬・埼玉・茨城の4県にまたがり、3300haの面積をもつ無人の葦原。鉱毒問題を治水問題にすり替え、正造たちの反対を押し切って谷中村民を追い出して遊水池とした。現在では、レジャー目的の開発に対し、環境破壊反対の大きな声があがっている。下の絵は、谷中湖のハート型のくぼんだ部分にある共同墓地。