足尾の見学にあたっては、ポイントを絞って計画をたてる必
要がある。銅山の歴史、産業遺産、鉱毒の爪痕、浄水場や堆積場など、テーマを決めて見学されたい。煙害被害地の松木村跡は足尾ダムから約4キロ、ここはぜひコースに組み込みたい。

◎松木推積場
 松木村の跡地は、1912年から約50年間、膨大な量のカラミが投棄され続けた。その量は約200万立方メートルに及び、現在使用中の簀子橋推積場を除く13の推積場の中では最も多い。今は徐々に運び出され、山肌が一部見えるまでになった。推積場入口の道路反対側の草むらには数基の墓石が並び、かつての山村を偲ばせている。


◎小滝坑跡 1885年に旧坑を取明けて採鉱の準備を始め、翌年には相次いで直利を発見、以降、小滝は隆盛を誇り、昭和前期まで通洞の河鹿と並び双璧といわれた。1954年に小滝坑は閉鎖され、人々は去っていった。なお、庚申川対岸の岩盤むきだしの所は、通称「燕岩」と呼ばれ、かつては火薬貯蔵庫として使用された。


◎小滝の里 庚申川を溯る渓谷沿いに、かつて一万人が住み、採鉱から製鉄までの施設があった。銅山の歴史の中で最も遅く開発が始まり、最も早くその歴史を閉じた。製錬操業が短かったため、松木渓谷とは対照的に緑濃く自然が回復した。記念碑は、小滝に住んでいた人々の手により、1964年、小滝坑事務所跡に建てられた。

◎足尾に緑を育てる会 渡良瀬川流域で活動する5団体の呼び掛けで1996年に発足。「足尾に緑を、渡良瀬に清流を」のスローガンのもと、大畑沢緑の砂防ゾーンを中心に植樹活動を展開中。

◎足尾製錬所
 1884年、操業を開始。以来、足尾は東洋−の銅山として栄えたが、そのために松木村は煙害により廃村を余儀なくされ、渡良瀬川沿岸一帯に鉱毒被害がおこる。1973年、閉山により採鉱部門は中止されたが、輸入鉱による製錬は続いた。操業が事実上停止するのは1989年である。

◎竜蔵寺
 松木川の対岸で製錬所を見つめ続けている。境内に建つピラミッド型の無縁塔は、足尾ダム建設により水没した地域の墓石を集めたものである。

◎銅山観光 1980年にオープン。江戸時代から昭和に至る採鉱の変遷が、動く人形によって理解できる。鋳銭座の建物や資料室もあるが、鉱毒問題には触れていない。