◎合同慰霊碑 墳墓の地を追われた旧谷中村民の要請で、遊水池内に点在する墓石や石仏を集め、1961年に建てられた。コンクリート壁に塗り込められた268基には、大半を占める墓跡のほかに、十九夜塔や十三夜塔、庚申塔が多く見られ、江戸時代の村人たちの信仰と生活が偲ばれ る。
◎開発の波に坑して 渡良瀬遊水池には昔 から様々な開発構想が浮かんでは消えた歴 史がある。古くは米空軍演習場、最近では 国際空港や国会移転などである。現在は第 2貯水池建設の動きがあり、これに対して渡 良瀬遊水池を守る利根川流域住民協議会 が、その歴史と自然を守る活動を続けている。
◎藤岡町歴史民俗資料館 「考古」「民俗」「田中正造と谷中村」の三つの展示室がある。正造の着物、杖、矢立、書簡などが展示され、ぬかるみを歩きやすいようにと注 文して作らせた一本歯の下駄もある。敷地の側には、高さ3.3m、台座3.7mの正造銅像が目をひく。1978年に、町と田中会、ライオンズクラブにより建設された。ヒゲと羽織袴の像は威圧的であり、違和感を覚える。
◎赤麻寺 渡良瀬川改修工事によって埋まった赤麻沼のほとりに建つ。1913年4月13日、田中正造最後の演説が 行われた寺でもある。
◎谷中村の生き証人・大榎 史跡保全ゾーンの北東部、葦や芽・竹林に囲まれた、買収対策事務所でもあった間明田粂次郎邸跡に大榎は静かに聳えている。強制収用を明日にひかえた1907年6月23日、「最後の晩餐」が開かれ、「死ぬも生きるも皆一緒だ」と誓いあう。「裏の榎の青葉の陰では、明日の雨天を告げるかのように、雨蛙がしきりに鳴いていた」と『田中正造翁余録』は書いている。